「理解できない」ということを、理解するということ。

↓以前このようなツイートをしたことがあるのですが↓

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(ツイートでの引用は大島薫さんご本人にもRTいただいたので許可くださったものと認識しておりますm(_ _)m)

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この大島薫さんの

「理解してもらいたいと訴えるのであれば、理解できないという人の気持ちも理解してあげなければ。」

という言葉は、半年経った今でもふと心に浮かびます。

 

理解してもらえない!!と腹が立ったとき

「あれ?でも私も相手を理解しようとしていないのでは?」

と、立ち止まって考えるキッカケをくれる言葉だと思います。

 

私は、どちらかといえば

マイノリティや社会的弱者に属しているという意識があります。

「大多数の人と違うな~」と感じる場面が多いからです。

 

「常識」というものにも、幾度傷つけられたことか、わかりません。

常識を振りかざす人は苦手ですし、

正義がそんなに偉いのか?と思うこともよくあります。

 

身近な人にさえ、今でもギョッとされたり、

呆れられたりすることがしばしばあります(笑)

はっきり批判されたり、尊敬できないと言われることもあります。

 

そうやって否定されると、

悲しくてやりきれなくて、

そのうち攻撃的な気持ちになってきますよね。

「なんで理解できないんだ」「視野が狭い」「別にいいじゃない」と

相手を否定したくなります。

 

そんなときに、

「理解してもらいたいと訴えるのであれば、理解できないという人の気持ちも理解してあげなければ。」

というあの言葉で一旦立ち止まるのです。

 

多数決で負けたり、

大勢の中で一人だけ自分が違ったりすると

つい、

みんな VS わたし

というイメージを抱いてしまうのです。

 

でも、「みんな」って誰でしょう。

その「みんな」のひとりひとりが人間だということを忘れてしまうのです。

 

世間とか、社会とか、みんなとか言いますが、

中身はひとりひとり独立した人間です。

 

常識、とか正義、とか道徳、とかくくりますが

その人が生まれてから今まで一生懸命生きてきた中で選んだ価値観です。

 

それを、視野が狭いとか、常識にしばられているとか、

軽視する権利は、誰にもありません。

 

「強者」という生き物に見える人も、ただの人間なんです。

生まれて、生きて、選んで、今そういう価値観を持ってる。

ただそれだけです。

その事実を、まずは受け止めなくてはなりません。

 

そんなこと言ったって難しい、

実際相手に傷つけられている、

 

と思ってしまって

心が固まって動かないのであれば、

 

それは、あなたにとっての

あなたを縛る「常識」です。

 

その感覚がわかるのであれば、

相手の感覚もわかるはずです。

「ああこの人は今、心が固まって動かないのだ」

「理解できないということ」を、理解できるはずです。

 

理解できない感覚を理解できれば、

接し方も変わってきます。

攻撃したり押し付けたりしても意味がない、

むしろ逆効果であることは自然に分かります。

 

日常のケンカでも使えますし、

プレゼンなどでも応用できる考え方だと思います(´∀`)♪

 

常に意識するというのはなかなか難しいことですが、

印象に残るワンフレーズがあれば、

ここぞという場面で心に浮かんでくれますので助かります。

 

素敵な言葉をお届けくださった大島薫さん、

ありがとうございます。

 

表現する社会福祉士

香御川 さら良(かみかわ さらら)

 

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