闘病日記⑦求めているもの

こんにちはお天気サンサン

今日はお休みなので、衣替えをしたり本を読んだりして過ごしています。
夜はできれば身体を動かしたいなぁ。
今日はちょっと頭もお休みしたいので、ゆるく日記を書きますね。

カウンセリングで話していると、
自分の口から思いがけない言葉が出てくることがあります。

最近、とくに印象深かったのは、私がどんな人を求めているか、ということ。

1.友人としては、
「私の話を、批判せずに興味を持って聞いてくれる人。」

2.男性としては、
「私のわがままや不安定さを受け止めてくれなくてもいい。その人自身が満たされていて、穏やかな人。私が困っていても、動じない人。」

3.人間関係全体としては、
「一人でいるのがラクなだけで、一人でいたいわけじゃない。」

と、スラスラと断言しました。口が勝手に!笑

1.に関しては、誰だって批判されたくないし、自分の話を興味を持って聞いて欲しいだろうから、まぁそうだろうねと思いました。
だけど、こんな風に自分の言葉として口に出したのは初めてでした。
きっと今までは、言いたくても恥ずかしかったり後ろめたかったりして言えなかったのだと思います。だって「興味をもたれたい」なんてすごく図々しくて恥ずかしい欲求だと思っていたので。
少しは、欲求を素直に受け止められるようになりつつあるのかな。

3.も、本当は人と関わりたいんだろうな、とは薄々気付いていました。
でも確信はなかったので、「私はひとりでいるほうがいいタイプ」とも「人と関わりたいタイプ」とも言い切れないことを、コンプレックスに思っていました。
それが、「私がどんなタイプであれ、私は一人でいたくないの!」という想いを大事にできるようになったのです。あっぱれな進歩です。

2.実はこれが一番びっくりでした。
だって私はすごく甘えん坊で依存傾向が強いんですもの・・・。
ひとりでいたいわけではない、というのと似ていますが、選んでいる道が本意と一致してるとは限らないのですね。

私の求める「受容」の定義を、改めて知った気がしました。
受容に関する記事はこちらです
私の欲求や歪みに、いちいち付き合ってくれなくていいのです。
そんな受け止め方は全く求めていないのです。
むしろ、私が混乱したり不安定になったり、焦りから見当違いの突飛なことをしてしまったりしても、平然とそれを見ていてくれる人がいい。

賛同してくれなくてもいい、協力してくれなくてもいい、助けてくれなくてもいい。
私にとっては、私の言動に大きく影響を受けてしまうような人が、最もしんどいのです。
(現に、些細なことで大きく揺らぐうちの家族と一緒にいると、息が詰まりますので)
とにかく、どーーーんと構えている人

って、こんな人、いるんでしょうか(笑)
理想高いのかしら!?(笑)

内容の是非はともかくとして、自分の欲求が、自分の口から素直に出てきてくれたことが嬉しいです。
この調子で、どんどん感情に揉まれて、新鮮な感動に触れたいですみどりキラキラキラキラ


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