2011/6/13(専門学校時代)のメモ

絵を投稿したブログ記事に書いてあったものですが、

どっちかといえば「生きづらさ日記」カテゴリーの内容かな?

と思ったので独立させてこちらに移しておきます(^-^)そしてたいしたメモではないww

 


 

2011-06-13 21:09:52

アダルト・チルドレンの問題に関しては、

 

mixiのACコミュニティをのぞいたりしています。

 

みなさん色々あるんですね。

 

なんか薄っぺらい感想ですけど(笑)

 

これが適当だと思います。

 

ただ受け止めて、共感するとこは共感して、終わりです。

 

問題の大きさを比べて、それは可哀相だとか、それくらい何だとか言うのはナンセンスです。

 

だって、その人がその時そのことについてそんな風に傷ついた事実は消えないから。

 

つらいこと自体を否定されるのはすごい不快ですよね~、

 

たいしたことないとか、根拠なく大丈夫とか、みんな一緒とか、あの人はもっとつらいとか。

 

逆に、過剰に同情されたり、偉いねぇと言われたりするのも不快です。

 

可哀相なのと偉いのは関係ないし、好きで問題抱えてるわけじゃないし、じゃぁ代わってくれよっていう。

 

心を受け止めてもらえずに、物理的状態について相手のものさしで測られると

 

全否定された気分になります。

 

前向きになる前にペシャンコにされちゃうんですよね。

 

自分を否定せざるをえなくなる。

 

ACの本『アダルトチルドレン・マザー』を読んで一番深く頷いたのは、「感謝しなさい」と言われることの苦痛です。

 

「私はそんなにみんなに感謝しなければならないのか」

 

という言葉。同じ言葉が私の中にもあったのに、ずっと言えずにいました。

 

ACのコミュニティにも、嫌いな言葉として「感謝しなさい」というのが多く挙がっていました。

 

”私の幸福は、幸せな環境のおかげ。私以外はみんないい人。

 

つらいと思う私はわがまま、だから感謝しなくちゃいけない。”

 

ほんとにそうですか?

 

ずっと、感謝できない自分を、責めてきた。

 

「幸せなのに幸せだと思えない自分」を責めてきた。

 

私は温室育ちで、謙虚さに欠けてるんだと思ってた。

 

でもほんとに温室だったか?

 

私の心にとっては、温室ではなかったんです。

 

無理に感謝しなくていい。

 

そう思えて、とても気がラクになりました。

 

何にどう傷ついたのか、どうして欲しかったのか、

 

具体的にゆっくり思い出して、恨むところは恨みました。

 

すると、自ずと、感謝すべきところに対しては感謝が沸いてきました。

 

まだまだ、途中で、始まったばかりの段階なので

 

不安定ですが以前よりは地に足がついていると思います。

 

今の環境には、心から、感謝しています。

 

嫌なこともありますが、周りのひととの関係性を

 

自分の力で築きつつあることを実感しているからです。

 

ほんものの自信というのが、はじめて芽生えそうです。

 

すべて投げ出したくなるのは、毎日のことですが

 

なんとか踏ん張って明日へ明日へと自分を繋いで生きたいと思います。


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