表現すること

私は、表現することをやめると途端にしぼんでしまう人間なのだと思います。

現在エネルギー不足で、絵も文章も歌もダンスもやらずに

省エネで生活しているのですが

すごく老けた気分になります。

実際に、体も急激に醜くなりました。

顔もイキイキしていなくて、

良くも悪くもインパクトのない感じ。

鏡の中のつまらないアラサー女は誰?って感じです。

「常識」というものは恐怖です。

「世間の目」というものも。

家族は、いくら私にがっかりしても、家族です。

でも恋人や同僚や友達は違います。

「普通」から逸脱することは、彼ら「他人」との関係を危険に晒します。

表現することは常に危険と隣合わせで、

恐怖との戦いです。

逸脱そのものに魅力を感じるわけではありませんが、

「社会から逸脱してまで自分を誇示できたことに対する満足感」

というのはたしかに存在します。

反対に、逸脱していないとアイデンティティを確認できないように感じてしまいます。

これがいわゆる厨二病のウイルスであり、「自分らしさの檻」の要素だと思います。

「自分らしさの檻」と、他人との関係が壊れる恐怖がせめぎ合い、

私はしばしば表現をやめます。

疲れきってしまうのです。

そして冬眠するのです。

感性を閉じ、悦びを嫌い、無難に生きようとします。

しかし、今回も冬眠は失敗のようです。

いつまでも冬眠していては、死んでしまいます。

冬眠しながら死ぬなど、まっぴらごめんなのです。

私はまた、戦わねばなりません。

アイデンティティ戦争に出かけていくのです。

とりあえず今日は、ワインで乾杯。


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