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昨日友達が

縁日で金魚すくいをして

数匹持って帰ったそうです。

ペットなんてずっと飼ってなかったから、って

すごくはしゃいでいて。

かわいらしいな、と思ったのですが

今朝になって、一匹死んでしまったんだって。

それで、やっぱり自信がない、返したい、と言いだしました。

(↑すべてfacebook上でのやりとり 笑)

そこで、思ったんです。

生き物を飼うときの責任って、

「死なせないこと」なんでしょうか?

必要な世話をするのは当たり前だし、

できないなら飼ってはいけません。

ペットの命は、飼い主にかかっています。

だけど、死を否定しながら生き物を飼うのは、違うと思います。

生きていれば、必ず死にます。

死も、そのコの一部なんです。

だから

「死なせちゃいけない」

なんて覚悟で飼うべきじゃない。

「死ぬまでずっと面倒をみよう」

という覚悟で飼うべきなんです。

同じに見えるけど、同じじゃない。

後者のほうがずっと大きな覚悟です。

死も含めた命に、愛情と責任を持たなきゃいけないから。

いつまでかわからない寿命。

すぐお別れする覚悟も、何年も自分の時間と労力をつぎ込み続ける覚悟も

いっぺんに決めなきゃいけません。

「死なせちゃいけない」なんてのは、結局ペットを生き物ではなく

自分の所有物としてしか見ていない。

今現在と、すぐ先の未来のイメージしかしていないんです。

世話のやける人形や、育成ゲームと同じことです。

一生懸命生きて、死を迎えたペットを前にして

コワイだとか最悪だとか感じてしまうくらいなら、

ほんと、飼わないほうがいい。

ネグレクトやその他虐待をしたのならまだしも、

普通に世話ができていたなら

自分を責める必要なんてない。

むしろ、自分を責めているということは、

死んだことを”悪いこと”だと思っているということ。

そうではなく、

最後まで生きたそのコの生涯を

死の事実をも含めて受け入れてあげて欲しいです。

悲しみは尽きないけど、その悲しみを負うことも

飼い主になった時点で覚悟しなきゃいけないことです。

それこそが、飼い主の責任ではないでしょうか。

なんだか、いかにも自分はできているように書きましたが

自分が今まで散々失敗したから書いているのです。

今までたくさん生き物を飼いました。

猫、うさぎ、鳥、虫、魚・・・・

それらのほとんどは、もう死にました。

そのとき、私はショックを受けたり、自分を責めたり、逃げ出したり

気持ち悪がったり、こわくて目をそむけたり、

あるいは心を閉じてなにも感じなかったりしました。

反対に、最後の最後まで目を背けずに

細かな愛情で生き物に接しているひともいました。

それは、私の父です。

生き物に対する責任の持ち方と愛情に関しては

私は父をとても尊敬しています。

彼はいつも初めから「死ぬまで面倒をみる覚悟」を決めていました。

すべての生き物を、生と死を持つ命として、きちんとみていたのです。

決定的な私との違いでした。

私はいま一人暮らしで、動物は飼っていません。

窓辺に、ひとつ鉢植えがあるだけ。

でも、その小さな植物の命に向き合うだけで、精一杯です。

将来的には、飼いたいなって思うのですが

まだ覚悟はできませんね苦笑あせる

友達の金魚たちも、なにがいい選択かはわからないけど

うまくいきますように・・・蘭鋳

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